熱気こもる藪の中に吹き出す汗の流るるにまかせて寝ていると、
蚊が群がり寄って思う存分血を吸う、虻《あぶ》が刺し、蜂が刺す、
大きな毒蟻《どくあり》が噛み、文覚の五体は、
しばらくすると無慚《むざん》な有様となったが、彼は足の指一つ動かさなかった。
こうして飲まず喰《くら》わず七日間寝ていた。
八日目になると、やおら起きて衣をつけて山を降りた。
毒虫の好餌となってゆがんだ顔で人に尋ねた。
「修行とはこの程度の苦しみなのか」
「いや、そんなことを続けていては、命がいくつあっても持ちますまい」
「これしきのことでか」
といい捨てると再び修行に出かけた。
熊野那智神社に参籠しようとしたが、
まず修行の始めに世に聞えた那智の滝へ打たれてみようと滝壺のところへ赴いた。
厳寒の十二月中旬である。熊野は雪におおわれていた。
雪降りつもり水氷って谷の小川は音もない、
峰々から逆巻き吹きおろす風は身を切り、
滝の白糸はつららとなって垂れ下がっている。
四方を見上げても白銀一色の世界、
梢も見定められぬその中に轟々と瀑布《ばくふ》が地を揺がして鳴っていた。
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