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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記34 第1巻 ばさら大名⑨完】高氏を睨むように見た。左の手が小刀のある脇腹に隠されたのは、脅しとしても物騒な姿勢である。こういう時は地蔵菩薩を念じていよ、母のささやきがどこかで聞えた。

「御念までもない。しかし御不安なれば、聞かずとも」

「いや、申さいでは天意にそむく。足利殿も天皇領の御住人。

 ……そこはかとなく、待てる時節が来ているとは思しめさぬか」

「どういう時節が」

「これはまた、あっぱれな、おとぼけ顔ではある」

 打ッちゃられたように、左近はツギ穂を失って、

どぎまぎしたが、その反動をこめて、また。

「由来、名門足利家の御血統が、北条氏より高く、

へたをすれば、北条家の門地を超ゆるものあるを恐れて、

わざとお家を不遇な地方におき、

それが代々御家運の衰微《すいび》となって、

 今日にいたったことは、おん曹司として、

 よもご存知なきはずはおざるまい」

「ぞんじておる」

「ならば」

「でも、どうにもならぬ」

「ははあ?」

 左近は、意気ごみを引いて、急に考えをかえたらしい。

「ムム、さすが御警戒とみゆるわ。

 では、ここの御滞在中を幸いに、

 直々のさる朝臣と、とっくり御密談していただけますまいか。

 拙者がなにを申そうよりは」

「長逗留《ながとうりゅう》の心はなけれど。……その朝臣とは」

「すぐる日の淀川舟にて、すでに姿だけは、お見知り合いの」

「日野蔵人どのか」

「その俊基朝臣でおざるが」

「会うてなんの密談を」

「さ、それも拙者の言と軽んぜられ、

 二の足も三の足もお踏みでは何もならぬ。

 が、もうここまでお打明けしたこと。……じつは」

 猪首《いくび》をかがめて、上《う》わ眼《め》で、

高氏を睨むように見た。

 左の手が、小刀のある脇腹にかくされたのは、

脅《おど》しとしても、物騒な姿勢である。

高氏は見まいとした。

こういう時は地蔵菩薩を念じていよ、

とよくいった母のささやきがどこかで聞えた。

「——げに、おそれ多いが、すでに、やごとなき辺りより、

 内々の綸旨《りんじ》も賜わっておる儀なので」

 彼の小声はつづいている。

 その密語のうちには、日野蔵人のほか

——花山院|師賢《もろかた》、烏丸|成輔《なりすけ》、

四条|隆資《たかすけ》、日野|資朝《すけとも》らの名が洩らされ、

討幕の綸旨をおびたそれぞれは、

折あるごとに、山伏や雑人に姿をやつし、

諸国の武門を密々説きまわっている今——とも確言した。

「ここで足利家の総領の君を仰ぐとは、まことに天の配剤。

 ぜひ一つお会い下さるまいか、その蔵人どのと」

 彼の熱ッぽい語気が、と切れたときである。

 遠くだったが、とつぜん、田楽楽器の合奏が、

いつか黄昏《たそが》れた山城のしじまをゆるく破っていた。

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