長柄の船待ちで、しゃべっていたものである。
津軽の豪族、安藤季長《あんどうすえなが》、
安藤五郎、ほかすべての一族同士が
受領《じゅりょう》の領域を争いあい、
ついに陸奥《みちのく》一帯に布陣し出したということだった。
いや、一僧の言だけでなく、
べつな旅商人らしい男も、
「なんのなんの。もう諸所では合戦の最中だ。
槍、刀、馬の鞍など、白河ノ関からこっちでさえ、
去年の三倍にも値が刎《は》ね上がッている」
と、ひとり力《りき》んだ証言をしていた。
「ほう。……では、蝦夷の空は戦《いくさ》かいな」
群集、多くの顔は、うららかに聞いていた。
もう源平争覇の社会を眼に見た人間は地上にいない。
蒙古襲来の国難なども、
老人の炉辺話でしかなかったのである。
四十年の無事泰平は、誰からも、
全く過去の悪夢を忘れさせていた。
やがて主従は、ゆうべの船宿の一室にいた。
又太郎は風聞の仔細を語った上で。
「……が喃《のう》、右馬介。
足利の地にとっては、
こりゃ対岸の火災とは見ておれまいぞ。
乱が大きくなれば、必定《ひつじょう》、
鎌倉幕府からわが家へも、出兵の令が降るであろうし、
なおまた……」
ここまで言いかけると、彼はその地蔵あばたの頬を、
笑み割れそうにほころばせた。
「知らぬか。——“
一雲を見て凶天を知る”という言葉もあるのを」
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