晩餐《ばんさん》が出ても
あまり食べずに早く寝てしまったふうは見せながらも、
どうかして恋人に逢おうと思うことで
夢中になっていた若君は、
皆が寝入ったころを見計らって姫君の居間との間の
襖子《からかみ》をあけようとしたが、
平生は別に錠などを掛けることもなかった仕切りが、
今夜はしかと鎖《とざ》されてあって、
向こう側に人の音も聞こえない。
若君は心細くなって、襖子によりかかっていると、
姫君も目をさましていて、
風の音が庭先の竹にとまってそよそよと鳴ったり、
空を雁《かり》の通って行く声の
ほのかに聞こえたりすると、
無邪気な人も身にしむ思いが胸にあるのか、
「雲井の雁もわがごとや」
(霧深き雲井の雁もわがごとや晴れもせず物の悲しかるらん)
と口ずさんでいた。
その様子が少女らしくきわめて可憐であった。
若君の不安さはつのって、
「ここをあけてください、小侍従はいませんか」
と言った。
あちらには何とも答える者がない。
小侍徒は姫君の乳母《めのと》の娘である。
独言《ひとりごと》を聞かれたのも恥ずかしくて、
姫君は夜着を顔に被《かぶ》ってしまったのであったが、
心では恋人を憐《あわれ》んでいた、
大人のように。
乳母などが近い所に寝ていて
みじろぎも容易にできないのである。
それきり二人とも黙っていた。
🌸🎼桜ひらり written by すもち
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