源氏の通って来る所の戸口を右近があけると、
「この戸口をはいる特権を私は得ているのだね」
と笑いながらはいって、縁側の前の座敷へすわって、
「灯があまりに暗い。恋人の来る夜のようではないか。
親の顔は見たいものだと聞いているがこの明りではどうだろう。
あなたはそう思いませんか」
と言って、源氏は几帳を少し横のほうへ押しやった。
姫君が恥ずかしがって身体を細くしてすわっている様子に
感じよさがあって、源氏はうれしかった。
「もう少し明るくしてはどう。あまり気どりすぎているように思われる」
と源氏が言うので、右近は燈心を少し掻《か》き上げて近くへ寄せた。
「きまりを悪がりすぎますね」
と源氏は少し笑った。
ほんとうにと思っているような姫君の目つきであった。
少しも他人のようには扱わないで、源氏は親らしく言う。
「長い間あなたの居所がわからないので心配ばかりさせられましたよ。
こうして逢《あ》うことができても、まだ夢のような気がしてね。
それに昔のことが思い出されて堪えられないものが
私の心にあるのです。だから話もよくできません」
こう言って目をぬぐう源氏であった。
それは偽りでなくて、
源氏は夕顔との死別の場を悲しく思い出しているのであった。
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