年月はどんなにたっても、
源氏は死んだ夕顔のことを少しも忘れずにいた。
個性の違った恋人を幾人も得た人生の行路に、
その人がいたならばと遺憾に思われることが多かった。
右近は何でもない平凡な女であるが、
源氏は夕顔の形見と思って庇護するところがあったから、
今日では古い女房の一人になって重んぜられもしていた。
須磨《すま》へ源氏の行く時に夫人のほうへ
女房を皆移してしまったから、
今では紫夫人の侍女になっているのである。
善良なおとなしい女房と夫人も認めて愛していたが、
右近の心の中では、夕顔夫人が生きていたなら、
明石《あかし》夫人が愛されているほどには
源氏から思われておいでになるであろう、
たいした恋でもなかった女性たちさえ、
余さず将来の保証をつけておいでになるような
情け深い源氏であるから、
紫夫人などの列にははいらないでも、
六条院へのわたましの夫人の中には
おいでになるはずであるといつも悲しんでいた。
西の京へ別居させてあった姫君がどうなったかも
右近は知らずにいた。
夕顔の死が告げてやりにくい心弱さと、
今になって相手の自分であったことは知らせないようにと
源氏から言われたことでの遠慮とが、
右近のほうから尋ね出すことをさせなかった。
そのうちに、
乳母《めのと》の良人《おっと》が
九州の少弐《しょうに》に任ぜられたので、
一家は九州へ下った。姫君の四つになる年のことである。
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