「主上《きみ》には、
ご受禅《じゅぜん》(み位をうける)の後は、
政務のひまにも、講書の勉《つと》め、
詩文の会など、ひたぶる御勉強のみと伺うが、
余りな御精励もおからだが案ぜらるる。
まれには、ちと、おすごしもよかろ」
法皇は、後醍醐の御酒量のほども知っておられる。
み手ずから酌してあげぬばかりなおすすめの仕方であった。
酒間には、
法皇のお覚えよき寿王とかいう冠者の“
落蹲《らくそん》ノ舞”などあって、
女房たちの座も初春《はる》らしい灯に笑いさざめいた。
——頃をみて。
「あまりお酔も深からぬうちに」
と、頭《とう》ノ蔵人《くらんど》冬方《ふゆかた》が、
みかどの前に、お笛筥を供える。
これは朝覲の式の古例とか。
後醍醐は、父皇のための御笛を、
み手に取って吹いた。
そとの濃い闇には、
雪が音もなく降り出していた。
聞きいる人たちの幻想には、
白々と戯れる雪の斑《ふ》が、
みかどの豊かなおん横顔や笛の手に
重なって見えるように思われた。
お年ばえといい、
おからだの逞《たくま》しさといい、
まさに壮者のお盛りであった。
どちらかといえば、御性情も面ばせも、
後宇多には似給わず、
亡き母ぎみの談天門院《だってんもんいん》の美貌を
うけていらっしゃる。
似絵《にせえ》師のことばでよく、
“藤原顔”というあの瓜実顔《うりざねがお》ではあるが、
鳳眼《ほうがん》するどく、
濃いおん眉、意志のつよげなお唇もと、
また、ひげ痕も青々と、
皇系にはまれな男性的な御風貌であった。
わけて、常人《つねびと》の印象となるであろう点は、
笛の孔に無心な指の律動を
筬《おさ》のように弾ませていらっしゃるそのお手の
なんとも大きなことだった。
貴人にして力士のようなお手である。
把握欲と闘志の象徴とでもいえるものか。
なみならぬ天賦の御気質のほどがそれには窺《うかが》われる。
🌺🎼笛の音に寄せて written by ゆうり
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