google.com, pub-8944455872984568, DIRECT, f08c47fec0942fa0

源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【古事記35 五、天照大神と大國主命🪷国譲り②】「私をお殺しなさいますな。この地以外の他の土地に参りません。父大國主の命の言葉に背きません。葦原の中心の國は天の神の御子の仰せにまかせ献上しましょう」

【國讓り】

——出雲の神が、託宣によつて國を讓つたことを語る。

出雲大社の鎭坐縁起を、政治的に解釋したものと考えられる。——

 

 かように天若日子もだめだつたので、天照らす大神の仰せになるには、

「またどの神を遣したらよかろう」と仰せになりました。

そこでオモヒガネの神また多くの神たちの申されるには、

「天のヤス河の河上の天の石屋においでになるアメノヲハバリの神がよろしいでしよう。

もしこの神でなくば、その神の子のタケミカヅチの神を遣すべきでしよう。

ヲハバリの神はヤスの河の水を逆樣《さかさま》にせきあげて道を塞いでおりますから、

他の神では行かれますまい。

特にアメノカクの神を遣してヲハバリの神に尋ねさせなければなりますまい」

と申しました。

依つてカクの神を遣して尋ねた時に、

「謹しんでお仕え申しましよう。

しかしわたくしの子のタケミカヅチの神を遣しましよう」

と申して奉りました。

そこでアメノトリフネの神をタケミカヅチの神に副えて遣されました。

 そこでこのお二方の神が出雲の國のイザサの小濱《おはま》に降りついて、

長い劒を拔いて波の上に逆樣に刺し立てて、

その劒のきつさきに安座《あぐら》をかいて大國主の命にお尋ねになるには、

「天照らす大神、高木の神の仰せ言で問の使に來ました。

あなたの領している葦原の中心の國は我が御子の治むべき國であると御命令がありました。

あなたの心はどうですか」

とお尋ねになりましたから、答えて申しますには

「わたくしは何とも申しません。

わたくしの子のコトシロヌシの神が御返事申し上ぐべきですが、

鳥や魚の獵をしにミホの埼に行つておつてまだ還つて參りません」

と申しました。

依つてアメノトリフネの神を遣してコトシロヌシの神を呼んで來てお尋ねになつた時に、

その父の神樣に

「この國は謹しんで天の神の御子に獻上なさいませ」と言つて、

その船を踏み傾けて、

逆樣《さかさま》に手をうつて青々とした神籬《ひもろぎ》を作り成して

その中に隱れてお鎭まりになりました。

 そこで大國主の命にお尋ねになつたのは、

「今あなたの子のコトシロヌシの神はかように申しました。また申すべき子がありますか」

と問われました。

そこで大國主の命は

「またわたくしの子にタケミナカタの神があります。これ以外にはございません」

と申される時に、タケミナカタの神が大きな石を手の上にさし上げて來て、

「誰だ、わしの國に來て内緒話をしているのは。さあ、力くらべをしよう。

わしが先にその手を掴《つか》むぞ」と言いました。

そこでその手を取らせますと、立つている氷のようであり、劒の刃のようでありました。

そこで恐れて退いております。

今度はタケミナカタの神の手を取ろうと言つてこれを取ると、

若いアシを掴むように掴みひしいで、投げうたれたので逃げて行きました。

それを追つて信濃の國の諏訪《すわ》の湖《みずうみ》に追い攻めて、

殺そうとなさつた時に、タケミナカタの神の申されますには、

「恐れ多いことです。わたくしをお殺しなさいますな。

この地以外には他の土地には參りますまい。

またわたくしの父大國主の命の言葉に背きますまい。

この葦原の中心の國は天の神の御子《みこ》の仰せにまかせて獻上致しましよう」

と申しました。

 そこで更に還つて來てその大國主の命に問われたことには、

「あなたの子どもコトシロヌシの神・タケミナカタの神お二方は、

天の神の御子の仰せに背《そむ》きませんと申しました。あなたの心はどうですか」

と問いました。

そこでお答え申しますには、

「わたくしの子ども二人の申した通りにわたくしも違いません。

この葦原の中心の國は仰せの通り獻上致しましよう。

ただわたくしの住所を天の御子《みこ》の帝位にお登りになる壯大な御殿の通りに、

大磐石に柱を太く立て大空に棟木《むなぎ》を高くあげてお作り下さるならば、

わたくしは所々の隅に隱れておりましよう。

またわたくしの子どもの多くの神はコトシロヌシの神を導きとしてお仕え申しましたなら、

背《そむ》く神はございますまい」

と、かように申して出雲の國のタギシの小濱《おはま》にりつぱな宮殿を造つて、

水戸《みなと》の神の子孫のクシヤタマの神を料理役として御馳走をさし上げた時に、

呪言を唱えてクシヤタマの神が鵜《う》になつて海底に入つて、

底の埴土《はにつち》を咋《く》わえ出て澤山の神聖なお皿を作つて、

また海草の幹《みき》を刈り取つて來て燧臼《ひうちうす》と燧杵《ひうちきね》を作つて、

これを擦《す》つて火をつくり出して唱言《となえごと》を申したことは、

「今わたくしの作る火は大空高くカムムスビの命の富み榮える新しい宮居の

煤《すす》の長く垂《た》れ下《さが》るように燒《た》き上《あ》げ、

地の下は底の巖に堅く燒き固まらして、

コウゾの長い綱を延ばして釣をする海人の釣り上げた大きな鱸《すずき》をさらさらと引き寄せあげて、

机《つくえ》もたわむまでにりつぱなお料理を獻上致しましよう」

と申しました。

かくしてタケミカヅチの神が天に還つて上つて葦原の中心の國を平定した有樣を申し上げました。

⬇️こちらも是非ご覧ください