実定の身内のもので、
この京に残っているものは近衛河原の大宮ただ一人、
荒野をさまようにも似た心地の実定は大宮を訪れた。
従者が大門を叩く。
「どなた、蓬の露を払ってまで訪れる人もないのに」
とは女の声、あとは一人呟くともとれぬ声である。
「福原から大将殿がお見えでございます」
「まことでございましょうか、大門には錠がかかっております。
東の小門からお入り下さりませ」
東の小門から内に入った大将は、
南面の格子を開き琵琶を弾いている大宮を認めた。
寂しさのあまり、こうして一人昔のことを偲んでいたのであろうか。
すっと室に入った大将に大宮は夢とばかりに喜んだ。
この席に、大宮に仕えている待宵《まつよい》の侍従がよばれた。
彼女はある時御所で、
「恋人を待つ宵、帰える朝、いずれが哀れまさろうか」
との問に、
『まつよいの更けゆく鐘の声きけば
かえるあしたの鶏《とり》はものかは』
と詠み、待つ宵のやる瀬なさを歌ったので、
以後待宵の侍従と呼ばれた。
三人でつもる話がはずみ、夜は更けていった。
この夜、大将実定は、
古き都の荒れ行くさまを今様《いまよう》に歌った。
『ふるき都を来て見れば 浅茅《あさじ》が原とぞ荒れにける
月の光は隈《くま》なくて 秋風のみぞ身にはしむ』
庭に生い茂る野草が月明らかに照らし、
草をそよがす秋風に降る虫の声が哀れにまじる。
今様を三度くり返すうちに、大将も大宮の眼にも涙が浮んだ。
侍従は袖で顔をおおった。
一夜明かした実定が暇を告げた。
しばらくして供の蔵人《くらんど》を召した彼は、
「侍従待宵はどう思っているのだろう、あまりに名残惜しく見えたから、
お前戻って何か申してまいれ」
蔵人が走り帰って侍従にあい、
『物かはと君がいいけん鶏《とり》の音の
今朝《けさ》しもなどか悲しかるらん』
女房はただちに詠み返した。
『待たばこそ更けゆく鐘もつらからめ
帰るあしたの鶏《とり》の音ぞうき』
実定のところにもどってこの由をつたえると、
大将は大いに感心したが、
以後この蔵人は「ものかはの蔵人」と呼ばれたのであった。
🪷🎼 闇夜にたゆたう海 written by 蒲鉾さちこ
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