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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記39 第1巻 藤夜叉⑤】彼はそのまま廊の闇をどすどす歩いて、燃えやまぬその五体を、大庭の夜気に立って冷やした。城の大庭は夜がすみだった。すぐ真上の伊吹山すら影もない。どこかには月がある。

高氏もこれまでに女性の体を知らないのではなかった。

多分に未開な下野国《しもつけ》地方では、

上下共に楽しみといえば

自然飲み食いか男女の関係にかぎられている。

筑波の歌垣《うたがき》に似た上代の遺風が

今なお祭りの晩には行われるほどだった。

早熟の風も、ひとり高氏だけにあったのではない。

 けれど高氏の身分ではそういう面にはしごく不便であった。

だから彼の早熟な性の穂に奇縁の蝶々がとまったのも

わずか二度ほどな前例しかない。

 いちどは歌垣のやみまつりを見物にゆき、

どこのたれとも得しれぬ年上の山家妻に引かれて

宮の木暗《こくら》がりで契《ちぎ》ッたことと。

また、も一つの体験は、

御厨《みくりや》ノ牧《まき》へ遠乗りに行った麦秋の真昼であった。

馬屋の干しワラの中で、

つい牧長《まきおさ》の小むすめと陽炎《かげろう》みたい

に戯《たわむ》れ睦《むつ》んだことがある。

——そして、前の件は知れずじまいに終っているが、

後者はその後小むすめが親にでも洩らしたか、

やがて高氏の母清子の知るところとなっていた。

 父貞氏もだが、母は父以上に潔癖なひとである。

家臣をして牧長の父娘にどういう処置をとらせたものか、

高氏も知らないうちに、

いつか、父娘は牧に見えなくなってしまった。

 ——なまじ彼にこういう前歴もあるため、

今は、鳰のせいばかりでないもがきを一そうにしたのであった。

しかしその鳰の唇寄せにも、なお歯がみで耐えていられたのは、

これほどな酔いも、

まだ、佐々木道誉の笑い黒子《ぼくろ》を忘れるまでには

至っていなかったせいである。

——道誉に耳打ちされている夜伽の女と思えば、

心がゆるされないばかりか、小うるさくて、

ついには、こんなときのためではない鍛錬の足わざを以て、

鳰のからだを鞠のごとく部屋のすみへ投げつけてしまったのであった。

そしてさッと廊の外へのがれ出ると、

後ろで鳰が、ひッ——と声の尾を曳いて、

「こ、小殿っ。おひどいっ」

 と怨《えん》じるのが聞えた。

が彼はそのまま廊の闇をどすどす歩いて、燃えやまぬその五体を、

大庭の夜気に立って冷やした。

 城の大庭は夜がすみだった。すぐ真上の伊吹山すら影もない。

 どこかには月がある。

——追われてでもいるように高氏は朧《おぼろ》のなかを歩き出した。

まだその足もとは、もつれ気味だった。

元服後一年余にして酒をゆるされてからこっち、

こんなにも酔いをおぼえたのは初めてだと考える。

それしか思惟《しい》らしい思惟はなにも泛かんで来ない。

 ふと、つまずいた木の根か切株を知ると、

彼はそれ幸いのように腰かけて、ふウっと腹いっぱいの酒気を天へ吐いた。

すると、吸う息には馥郁《ふくいく》たる匂いがあった。

 昼、道誉とともに逍遥した梅林が思い出された。

彼は顔をうごかした。その顔の上に花があった。

近くにも遠くの枝にも

——紅梅は黒く、白梅は青く、夜がすみに にじんでいた。

🌹🎼#乱れ髪 written by#MAKOOTO

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