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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記26 第1巻 ばさら大名①】春風に嬲らせていく面構えのどこかには「…ままよ」といった風な地蔵あばたの太々しさが、いつも多少の笑みを伴っている。そしてもっと大きな視野へその眉は向っていた。

騎旅《きりょ》は、はかどった。

丹波を去ったのは、先おととい。

ゆうべは近江《おうみ》愛知川《えちがわ》ノ宿《しゅく》だった。

そして今日も、春の日長にかけて行けば、

美濃との境、磨針峠《すりばりとうげ》の上ぐらいまでは、

脚をのばせぬこともないと、

馬上、舂《うすず》きかける陽に思う。

「おううい、おおいっ」

呼ぶ者があった。たれなのか、まだ遠い声である。

又太郎と右馬介とは、

「はて?」

手綱を休めて、きき耳すます。

たしかに、二度めの声も、

「高氏どの。高氏どの」

 そう呼んだように思われる。

ところが、近づいたのを見れば、

まったく見も知らぬ人間だった。

 緋総《ひぶさ》かざりの黒鹿毛に乗り、

薙刀《なぎなた》を掻《か》い持っている。

もちろん腹巻いでたち。

つまり旅行者当然な半武装をした四十がらみの武者なのだが。

——それはそれとして、相見るやいな、この男、

「わああああ。こりゃ卒爾《そつじ》を申した。

 ごめん、ごめん。

 ……お呼びとめしたのは御辺じゃおざらぬ。

 高氏ちがいじゃ、高氏ちがいじゃ」

と、独りでおかしがッている顔を斜めに振向けながら、

駒もゆるめず、連呼して、駈け抜けてしまった。

 むッとしたに違いない。右馬介が色をなして。

「——うぬ、待てっ」とでも叫びそうに、

あぶみ立ちして、先を睨んだので、又太郎はあわてて制した。

「やれ待て。おかしいぞ、いまの武者は」

「言語道断。

 いずれ近くの受領か郷《さと》武者ではござりましょうが、

 礼をしらぬにも程がある」

「だが、高氏ちがいと申したのは解《げ》せぬ。

 わしを又太郎高氏とは、どうして知るか」

「いかさま、それは」

「罠《わな》かもしれぬぞ。

 俗に申すかまをかけてみる手はよくある。

 めッたに、われから逸《はや》って手に乗るな」

道々には、ひとつの懸念がなくもなかった。

例の献上犬の事件である。

 あの後始末は、伯父憲房がのみこんでくれてはいたが、

六波羅から鎌倉通牒となり、その結果、

さらに又太郎の無断上洛までが発覚となれば、

幕府は怒ッているにちがいない。

 わるくすれば、又太郎の帰国を海道の途上で拉《らっ》し、

鎌倉表へ届けよ、などの令が、すでに出ていないとは限るまい。

 が、今日の旅路を鬱々《うつうつ》と、

そんな先案じにとらわれている彼でもなかった。

春風に嬲《なぶ》らせてゆく面構えのどこかには

「……ままよ」といったふうな地蔵あばたの太々しさが、

いつも多少の笑みを伴っている。

そしてもっと大きな視野へその眉は向っていた。

この横着さは、彼がまだ元服前から、なんのかんのと、

折々に禅でいためつけられて来た那須の雲巌寺の客僧、

疎石禅師の鉗鎚《けんつい》のおかげといえぬこともない。

🌺🎼#春は紅、柳は緑 written by #香居 

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