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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記6 第1巻 下天地蔵6 〈げてんじぞう〉】🎍二日の昼。彼は一ト綴《とじ》の和歌の草稿をふところに、冷泉為定《れいぜいためさだ》の四条の住居を訪ねていた。 為定は後に“新千載和歌集”を撰した当代著名な歌人である。

明けて、ことしは元亨《げんこう》二年だった。

 ただしく過去をかぞえれば、武家幕府の創始者、

頼朝の没後から百二十二年目にあたる初春《はる》である。

 又太郎は一室で、清楚な狩衣《かりぎぬ》に着かえ、

烏帽子も新しくして、若水を汲むべく、

庭の井筒《いづつ》へ降り立っていた。

 彼の伯父なる人とは、六波羅評定衆の一員、

上杉|兵庫頭《ひょうごのかみ》憲房《のりふさ》である。

ここはその邸内だったのはいうまでもない。

「アア都は早いな」

井筒のつるべへ手をかけながら、

又太郎はゆうべの酔の気《け》もない面《おもて》を、

梅の梢《こずえ》に仰向けた。

「——国元のわが家の梅は、まだ雪深い中だろうに。

 ……右馬介、ここのはもうチラホラ咲いているの」

「お国元のご両親にも、今朝は旅のお子のために、

 朝日へ向って、ご祈念でございましょうず」

又太郎に、返辞はなかった。

彼も若水の第一をささげて、

まず東方の人に、拝《はい》をしていた。

 彼にとれば、ここは旅先の仮の宿所だ。

ひまで、のんきで、身をもてあますほどである。

が、伯父の上杉憲房には寸暇も見えない。

元日の朝、

大書院から武者床《むしゃゆか》を通した広間で、

家臣の総礼をうけたさい、

共に屠蘇《とそ》を祝ったりはしたが、

あとは顔を合せる折すらなかった。

 次々の賀客を迎え、客がとぎれると、

彼自身、

駒飾《こまかざ》りした騎上の人となって出て行くし、

夜は夜で、探題からの迎えがくる。

「いや、六波羅勤めも忙しいものだな。

 伯父上が口ぐせに、帰国の日を待つお気持ちもわかる」

二日の昼。

彼は一ト綴《とじ》の和歌の草稿をふところに、

冷泉為定《れいぜいためさだ》の四条の住居を訪ねていた。

為定は後に“新千載和歌集”を撰した当代著名な歌人である。

東国育ちの武家の子又太郎にしては、

そんな文雅な人を訪うのはためらわれたが、

これは母との約束だった。

元来、

母系は勧修寺家《かんじゅじけ》の公卿《くげ》出であったから、

彼の母もわが子をただあじけない坂東骨《ばんどうぼね》一辺の

粗野な武人には仕立てたくはなかったのだろう。

兵家必修の日課のほか、

つねづね彼へ和歌の学びをもすすめていた。

そしてこんどの上京には、

ぜひ冷泉どのの門をたたいて、

末長く詠草を見ていただくようにお願いせよと、

手紙まで持たせられて来たのであった。

 折よく、在宅していた為定は、

「おう、めずらしいお文」

と、手にした仮名文《かなぶみ》をなつかしみ、

さてまた、これがその人の子息かと、

ひと間のうちに、しげしげと見て。

「ほ。其許《そこもと》がこのお便りにある

 足利清女《あしかがせいじょ》どのの御嫡男かの」

「いえ……」

と又太郎は、うすらあばたの頬を、どぎまぎ紅くして、

さらに居ずまいを改めた。

「——早逝《そうせい》でしたが、兄義高があり、

 私は次男にございまする」

「が、まあ、兄君がおわさねば、

 其許がお世継じゃろうが。して御官位は」

「申しおくれました。

 ——下野国《しもつけ》足利ノ庄の住《じゅう》、

 貞氏《さだうじ》の次男、

 利又太郎|高氏《たかうじ》といいまする。

 十五で元服の折、治部大輔《じぶのたゆう》、

 従五位下をいただきましたが、何もわからぬ田舎者で」

「御卑下《ごひげ》にはおよばぬ」

為定は、うちけして。

「下野足利ノ庄といえば、天皇領の御住人」

「はい。足利ノ庄の内には、世々、八条院の御旧領があり、

 それが今上《きんじょう》の御料に移されておりますゆえ、

 畏《おそ》れあれど、申さばわが家は、

 朝廷の一|被官《ひかん》でもござりまする」

「それ御覧《ごろう》じ。

 お血筋といえば北条殿には劣らぬ正しい源家の流れ。

 家職といえば現帝の御被官。

 なぜ、遠いお旅をば、供人も召されずに」

「とかく、故なき上洛は、

 鎌倉の幕府の忌《い》むところでございまする。

 が、父貞氏の健やかなうち、

 少しなと世上の見聞《けんもん》を広うしておきたいものと、

 たって父母にねだって出て参ったのです。

 忍びやかでこそ、六波羅の身寄りの家にも置かれますので」

「なるほど、朝家《ちょうか》の御被官であるだけでなく、

 幕府の御家人でもおわせられたの。こりゃ、むずかしかろ」

やはり世事にはうとそうな老歌人の言である。

為定は抜け歯の多い口をあいて笑った。

🌖🎼空の鏡 written by すもち

 

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