みかどの笛に、京極殿の灯は更《ふ》けていた。
みかどは、古例の曲を吹き終って、
「ふつつかなお聞え上げを」
と、御父の法皇に一礼して御座へ返った。
ほっと夢幻から醒めたような息の白さが灯を霞める。
女房たちの座からは、
ふと、みかどの方へ笑みを流した花の顔が多い。
今を時めく寵妃とたれ知らぬはない
阿野 廉子《やすこ》などの艶姿《あですがた》であった。
女房の座には、その廉子のほか、
さきの妃《きさき》為子の妹|小大納言《こだいなごん》の君、
帥《そち》ノ典侍《すけ》、少将ノ内侍、尾張ノ内侍。
——端には、夏引《なつびき》、今まいり、
青柳などとよぶ雑仕《ぞうし》までが、
こぼるる花かごのようにいたのである。
御笛の間、
笛の歌口におん眼をふさいで吹きすましていた、
帝を仰ぎ見ながら、胸それぞれな彼女たちが、
どんな恋情や喘《あえ》なさを、
そのおん横顔へ寄せ合っていたかは、
われに返った後の彼女らの吐息にもよくわかる。
さて、ここでまた御酒一興。
次いで、
くだけた“お遊び”が始まる。
つまり公卿たちの催馬楽《さいばら》(歌謡)や管絃だった。
中宮ノ大夫《たゆう》実衡《さねひら》の琵琶、
大宮ノ大納言の笙《しょう》、光忠宰相のひちりき、
中将|公泰《きんやす》の和琴《わごん》、
また笛は右大将|兼季《かねすえ》、
拍子は左大臣実泰。
——かくて、つきぬ御遊《ぎょゆう》の後、
お帰りとなったのは、
夜もほの明けていた頃だった。
還御は雪の中。
やがて、
夜どおし陣ノ内(警固区域)に立武者していた滝口や
六波羅の人数がくずれ去って散るころは、
陽もギラギラと淡雪の道は泥に解《と》けだしていた。
「いかがでした、若殿」
「昨夜か」
「されば、お望みのことは」
「む。院の舎人《とねり》に物をくれて頼《たの》うだら、
中門の遣《や》り水《みず》の裾の木立に忍ばせてくれた程に」
「では、上《うえ》(天皇)のお姿を、
まざと御覧《ごろう》ぜられましたな」
「いや、雪さえ降るに、御簾《ぎょれん》の内、
明《あき》らけくはなかったが、
笛の座につかれたみ姿の線、おのずからな御威容、
さすがはと拝せられ、
世上、しきりに新帝の英邁《えいまい》を沙汰するのも、
道理よと、うなずかれた」
「それは、よいお国みやげ。さようにお望みもかのうた上は」
「オ。伯父上との約束。
いちど六波羅のやしきに戻って、支度をあらため、
すぐにも都を立ち去ろうよ」
夜来の警固武者のなかに立ち交じっていた
足利又太郎と右馬介の主従であった。
🌼🎼きらめく時の中で written by のる
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