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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記13 第1巻 大きな御手⑤〈みて〉】皇后の侍《かしず》きに、阿野中将の娘で廉子《やすこ》とよばるる女性があった。廉子の美貌はいつか天皇のお眼にとまって、すぐ御息所の一ととなった。

皇后の侍《かしず》きに、

阿野《あの》中将の女《むすめ》で

廉子《やすこ》とよばるる女性があった。

廉子の美貌はいつか天皇のお眼にとまって、

すぐ御息所《みやすんどころ》の一と方となった。

花の命は短くて

——とはまま後宮の女性の喞《かこ》ちごとであったが、

廉子との御情交だけは異《い》なものがあった。

彼女の誇りも君寵も、眼にあまるものがある。

 もっとも歴世、

後宮の嬪《ひん》には、大みきさきに次いで、

女御《にょご》、更衣《こうい》など、

寵妃の数にかぎりはない制度だったので、

ひとり後醍醐のみを怨じ奉る筋あいもない。

それと、三十一という遅い御即位だったせいもあろう。

 当時の人の筆に成る“増鏡《ますかがみ》”にも、

他の一女性について。

 

——この大納言(藤原為世)の女《むすめ》、

為子の君とて、坊(東宮)のおん時、

かぎりなく思《おぼ》されたりし御腹に、

一ノ御子《みこ》(尊良《たかなが》)

女《にょ》三《さん》ノ御子(瓊子《たまこ》)、

法親王(尊澄《たかずみ》)など、あまたものし給ふ

と、見える。

 すでに女性の御経験もこれほどでおわしたのである。

思うに、天皇御自身は、

後宮制度という百花の園においてのみ、

その人間性を恣《ほしいまま》にできる

天然の童《わっぱ》のようなものだった。

きれいと思えばむしり取り、

飽いたとすれば抛《なげう》ち、

なお、好きで好きでならないものは、

これを落花ひんぷんの棒になるまで離さない、

いとも無著無造作な、お愛し方なのではなかろうか。

——近頃ですら、こんな話が洩れている。

やはり天皇の御寝《ぎょし》に侍るひとりに、

大納言ノ典侍《すけ》という麗人がある。

いつしか、

東宮仕えの堀川ノ具親《ともちか》と忍び逢うて、

宮中から馳け落ちした。

後醍醐は、めざましいお怒り方で、

嵯峨かどこかに隠れていたのを捕えさせた。

 そしてさて、この憎い女をと、

かの源氏物語にある朧月夜の内侍《ないし》と関係した

光源氏のように、御処分の事かと思っていると、

そのまままた後宮において、

なんらのお変りも見えず、

「……朕《ちん》も皇太子のころにはしたこと」

と、近習に御一笑を見せられただけだったという。

💐🎼夕風と君 written by のる