
三井寺は防備のため山を切り開いて、
大小の関所を作った。
こうした中で衆徒一同が集って評定が真剣に行なわれた。
「比叡は変心、頼みの奈良興福寺の援軍はまだ来ていない。
このまま徒らに時を延ばすのは平家を利するだけだ。
直ちに六波羅へ今夜押しかけ夜討をかけよう。
ついては、老人と若い者を二手にわける。
老僧たちを如意ヶ峰より敵の搦手《からめて》に向わせる。
足軽どもを先手としてまず白川の民家に火を放てば、
六波羅の武士たちは、
敵襲と思うてここに駆けつけるにちがいない。
この間岩坂、桜本のあたりで防戦、
しばらく時をかせぐと共に敵をここへ引きつけておく。
こうしておいて、
大手の松坂から伊豆守を大将軍として
若大衆と勇猛な僧たちが六波羅を襲い、
一挙に風上に火をかけて焼き払い、
決戦を挑んで強襲すれば清盛入道を焼き出して
討ちとれぬことがあろうか」
戦略に長《た》けた一人が述べれば、
それは妙案であると大衆は賛同した。
ところが、
かつて平家のために祈祷したことのある一如坊《いちにょぼう》の
阿闍梨真海《あじゃりしんかい》という坊主は、
弟子など数十人引きつれて、
この評定の席に進み出ると、彼の意見を開陳した。
「私が申すことを平家の為にする言葉と思われては迷惑至極、
私とて衆徒としての道義を思い、
寺の名を惜しむことは人後に落ちぬものです。
昔は源家、平家ともに朝廷の護衛をつとめたものでしたが、
今や源家の運傾き平家世を取って草木も従う勢いでございます。
見らるる通り寺側の勢いきわめて少く、
これで六波羅へ押し寄せるのは無謀の極みと愚僧思案いたします。
それ故、ゆっくり策戦を練り、
改めて軍勢を募ってはいかがでございましょう」
無論、この真意は夜討ちを延引させるためにあったが、
少勢という現実をついた言葉に大衆たちも
一考を要せざるを得ない破目とはなり、
ああでもない、こうでもないという長評定が続く始末とはなった。
この時、
衣の下に萌黄匂《もえぎにおい》の腹巻を着こみ、
大太刀を無造作に差し、
白柄の長刀を突き立てた僧が進み出ると大音声をあげた。
乗円坊の阿闍梨慶秀という者、
真海をはったとにらみつけながらいった。
「火急の場に長評定するのはもう聞き飽きた。
外に証拠を求める必要はない、
この寺建立の願主天武天皇いまだ東宮であらせられる時、
大友皇子に襲われて芳野《よしの》から
大和国 宇多《うだ》の郡《こおり》を通られた際の兵、
わずかに十七騎であった。しかし伊勢に越え、
美濃尾張から集められた軍勢で、
大友皇子を亡ぼし位につかれたのだ。
窮鳥懐に入らば猟師もこれをあわれむという。
他の者はいざ知らず慶秀の門弟は
今夜六波羅において討死するつもりである」
凜《りん》たる言葉は満場を打った。
円満院大輔《えんまんいんのたいふ》源覚はひざを進めると
きびしい声でいった。
「枝葉末端の多い論議はひまをつぶすばかりだ、
この貴重な夜がふけるばかりである。
急げ、押し寄せて討ちとるべし」
漸く大衆の決意はきまった。
たちまち部隊の編成が行なわれた。
🍃🎼Leopard written by 稿屋 隆
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