🌷「あなたこそ女の手紙はたくさん持っているでしょう。
少し見せてほしいものだ。 そのあとなら棚のを全部見せてもいい」
「あなたの御覧になる価値のある物はないでしょうよ」
こんな事から頭中将は女についての感想を言い出した。
「これならば完全だ、 欠点がないという女は少ないものであると
私は今やっと気がつきました。
ただ上っつらな感情で達者な手紙を書いたり、
こちらの言うことに理解を持っているような利巧《りこう》らしい人は
ずいぶんあるでしょうが、 しかもそこを長所として取ろうとすれば、
きっと合格点にはいるという者はなかなかありません。
自分が少し知っていることで得意になって、
ほかの人を軽蔑することのできる 厭味《いやみ》な女が多いんですよ。
親がついていて、 大事にして、 深窓に育っているうちは、
その人の片端だけを知って男は自分の想像で十分補って
恋をすることになるというようなこともあるのですね。
顔がきれいで、 娘らしくおおようで、
そしてほかに用がないのですから、
そんな娘には一つくらいの芸の上達が望めないこともありませんからね。
それができると、 仲に立った人間がいいことだけを話して 、
欠点は隠して言わないものですから、
そんな時にそれはうそだなどと、
こちらも空で断定することは不可能でしょう 、
真実だろうと思って結婚したあとで、
だんだんあらが出てこないわけはありません」
中将がこう言って歎息《たんそく》した時に、
そんなありきたりの結婚失敗者ではない源氏も、
何か心にうなずかれることがあるか微笑をしていた。
「あなたが今言った、一つくらいの芸ができるというほどのとりえね、
それもできない人があるだろうか」
「そんな所へは初めからだれもだまされて行きませんよ、
何もとりえのないのと、
すべて完全であるのとは同じほどに少ないものでしょう。
上流に生まれた人は大事にされて、
欠点も目だたないで済みますから、その階級は別ですよ。
中の階級の女によってはじめてわれわれはあざやかな、
個性を見せてもらうことができるのだと思います。
またそれから一段下の階級にはどんな女がいるのだか、
まあ私にはあまり興味が持てない」
こう言って、通《つう》を振りまく中将に、
源氏はもう少しその観察を語らせたく思った。
「その階級の別はどんなふうにつけるのですか。
上、中、下を何で決めるのですか。
よい家柄でもその娘の父は不遇で、
みじめな役人で貧しいのと、
並み並みの身分から高官に成り上がっていて、
それが得意で贅沢な生活をして、
初めからの貴族に負けないふうでいる家の娘と、
そんなのはどちらへ属させたらいいのだろう」
こんな質問をしている所へ、
左馬頭《さまのかみ》と藤式部丞《とうしきぶのじょう》とが、
源氏の謹慎日を共にしようとして出て来た。
風流男という名が通っているような人であったから、
中将は喜んで左馬頭を問題の中へ引き入れた。
不謹慎な言葉もそれから多く出た。
「いくら出世しても、
もとの家柄が家柄だから世間の思わくだってやはり違う。
またもとはいい家《うち》でも逆境に落ちて、
何の昔の面影もないことになってみれば、
貴族的な品のいいやり方で押し通せるものではなし、
見苦しいことも人から見られるわけだから、
それはどちらも中の品ですよ。
受領《ずりょう》といって
地方の政治にばかり関係している連中の中にも
またいろいろ階級がありましてね、
いわゆる中の品として恥ずかしくないのがありますよ。
また高官の部類へやっとはいれたくらいの家よりも、
参議にならない四位の役人で、 世間からも認められていて、
もとの家柄もよく、
富んでのんきな生活のできている所などはかえって朗らかなものですよ。
不足のない暮らしができるのですから、 倹約もせず、
そんな空気の家に育った娘に 軽蔑のできないものがたくさんあるでしょう。
宮仕えをして思いがけない幸福のもとを作ったりする例も多いのですよ」
左馬頭がこう言う。
「それではまあ何でも金持ちでなければならないんだね」
と源氏は笑っていた。
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