「この返事は自分でなさい。きまりが悪いなどと気どっていてよい相手でない」
源氏はこう言いながら、硯《すずり》の世話などをやきながら姫君に書かせていた。
かわいい姿で、毎日見ている人さえだれも見飽かぬ気のするこの人を、
別れた日から今日まで見せてやっていないことは、
真実の母親に罪作りなことであると源氏は心苦しく思った。
引き分かれ 年は経《ふ》れども 鶯の
巣立ちし松の 根を忘れめや
少女の作でありのままに過ぎた歌である。
夏の夫人の住居《すまい》は時候違いのせいか非常に静かであった。
わざと風流がった所もなく、品よく、貴女《きじょ》の家らしく住んでいた。
源氏と夫人の二人の仲にはもう少しの隔てというものもなくなって、
徹底した友情というものを持ち合っていた。
現在では肉体の愛を超越した夫婦であった。
しかも精神的には永久に離れまいと誓い合う愛人どうしである。
几帳《きちょう》を隔てて花散里《はなちるさと》はすわっていたが、
源氏がそれを手で押しやると、また花散里はそうするままになっていた。
お納戸色という物は人をはなやかに見せないものであるが、
その上この人は髪のぐあいなどももう盛りを通り過ぎた人になっていた。
優美な物ではないが添え毛でもすればよいかもしれぬ。
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