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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記14 第1巻 大きな御手⑦】この盲少年は、父は地方の乱で早くに戦場で最期をとげ、母も、尼寺にという身の上なので、憲房が都へ伴い、さる公卿の許へ、琵琶の習得に通わせていたのである。

暇乞いは、先の夜にすんでいる。

それに伯父の憲房も、探題の正月行事でいなかった。

ふたりは一睡の後、湯漬など食べ、

旅支度にかかっていた。

 すると、侍部屋の廊のかべを、

サラ、サラ、と撫でつつ人の近づいてくる気配がした。

そこの遣戸《やりど》をスウと開けて、

「おじ様、お名残り惜しゅうございます。

 もう御帰国なされますか」

と、それへ坐り込んだ小法師がある。

 まだ十一、二歳でしかあるまいに、

いたましいことに、盲《めしい》であった。

 この盲少年は、母方の人の子なので、

又太郎とは従弟にあたる者だが、

父は地方の乱で早くに戦場で最期をとげ、

子はこんな不具だったので、いかなる宿業ぞと、

母なるひとも、足利ノ庄の一尼寺に入ってしまった。

と、いう身の上なので、憲房が都へ伴い、さる公卿の許へ、

琵琶の習得に通わせていたのである。

「……オ、覚一か。もそっと、こちらへお入り。

 して、なんぞ国の母者へ、ことづてでもして欲しいのか」

又太郎は六波羅に滞留中、この覚一から、

友達のように、また、兄のようにも慕われていた。

覚一は、あまえ顔に、

「はい」

と、相手の声をたよりに膝をすすめる。

 ちょこねんと置いた姿の坐り癖も、

小首をかしげる盲癖《めくらぐせ》も、

小法師だけに可憐《いじら》しかった。

「ほんに又太郎さまは、よく私の胸をおわかり下さいます。

 仰せのとおり、旅のお邪魔ではございましょうが、

 国許《くにもと》の母へ、

 これを届けていただきたいと存じまして」

「手紙か」

「手紙やら何やらでございまして、

 中には都で求めた香苞《こうづと》だの琵琶の切れ糸なども

 入っておりまする」

「琵琶の切れ糸」

「ええ。母がそれを見れば、覚一が、

 琵琶の師についてこんなにも勉強しているかということが、

 まざとお分り下さるにちがいございません」

「おう、いとやすいこと。かならず母者へ渡してあげる」

覚一の手から一封の物をあずかって、

「ほかには」

 と又太郎は、この小さい不愍《ふびん》な従弟を、

宥《いたわ》りようもなくその肩へ手をのせた。

「ありません……」

と、覚一は首を振り

「こまごま文《ふみ》のうちにしたためましたから」

と、言い澄ました。

 そしてまた、自分のことばを追っかけるように。

「でも、又太郎さま。あなたのお眼で見た私の姿をそのまま、

 どうぞ母へおつたえ下さいまし。

 覚一は、このように倖《しあわ》せでおりますことも」

「倖せとな」

「はい」

「不倖せとは思わぬのか」

「思いもいたしません。ここの上杉殿では、

 御一家みなで可愛がって下さいますし、

 琵琶の道に入っては、

 都で二《ふたつ》となきお師にお教えいただいておりまする。

 道についた以上、覚一はきっと名人になってみせます。

 成らいではおきません。

 そんな望みに、日々、胸ふくらませておりますゆえ」

 しげしげと見れば、

針のような筋しかない無明《むみょう》の眼にも、

内には燃える希望を持って、

この小法師は、しんから身を楽しいものとしているらしい。

 又太郎は、彼の肩においていた手で、そこを一つ叩いて、

「よし、きっと上手になれよ」

「なります」

「足利ノ庄へ帰ったら、

 鑁阿寺《ばんなじ》の女尊堂におられる尼の母者へ、

 そのとおりにつたえて上げる。

 ……が、ひとの母にはそう出来ながら、

 自分の母にはなぜ何も与えられぬわしであろうな」

「そんなことはございません。

 揃うておいでなのが無上のお倖せです。

 どうかあなたも、

 足利家の御息子としてお立派なお方になってください。

 私も負けずに励みますから」

「つらいぞや、お汝《こと》にそう誓われては。なあ、右馬介」

「まことに、盲《めしい》の一念とでは」

「右馬介さまも、はやお支度ずみでございますか。

 もう一夜でもあることなら、

 いま私の習うている平家の曲の屋島でも、

 ぜひ聞いていただきますものを」

「いや、そうしてはおられぬ。いざ若殿」

 右馬介は先に立って、又太郎をうながした。

 二人は、六波羅並木、車大路の辻まで来て、ふと立ちどまった

🪷🎼三味線独奏・間 written by 伊藤ケイスケ

 

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