その内の一本が安芸《あき》の厳島《いつくしま》に
流れついたのであった。
康頼の知り合いのある僧が、
便船でもあったら鬼界ヶ島にでも渡り、
康頼の消息を訪ねてみたいと思い立ち、
西国修行に出かけて厳島に参詣した。
厳島大明神は、元々海に縁故のある神で、
娑竭羅《しゃかつら》竜王の第三の姫宮といわれ、
今日まで、いろいろ不思議な霊顕のあったことを聞かされて、
僧は暫く止まって参籠することにした。
厳島大明神は、八つの神殿から成り、海の際に臨んでいた。
夜になると月が昇り、その澄んだ影は、
水にも、砂浜にも、美しい光を投げていた。
満潮になると、大鳥居も、朱塗りの玉垣も、
瑠璃《るり》色を帯びて青白く光った。
引潮になると、社前の白砂には霜が降りたようにみえた。
その神秘的な美しさに我れ知らずうっとりとしていた僧が、
気がついてみると、
波の合い間合い間に漂い流れている藻くずの間に
何やら妙なものが浮いていた。
手に取って拾い上げてみると卒都婆である。
「何だってこんなものが」
と思いながら、よくよく眺めてみると、
それが例の康頼が流した内の一つなのである。
文字を彫りこんでおいたものが、
波に洗われても消えずにそのまま残っているのであった。
僧は早速、この卒都婆を持って急いで京に行き、
一条の北、紫野《むらさきの》に忍び住む
康頼の老母と妻子にみせたのであった。
「何と不思議な、
いくらでも海辺はあるものをよりによって厳島とは、
それにしても、もろこしのあたりにも流れつかずに、
こんな所まで流れてきて、
又々私達に悲しみを憶い出させようというのか」
老母は卒都婆を手にして、
しみじみと眺めながらつぶやいた。
この事が法皇のお耳にも入り、
「何? 彼らはまだ生きていたか、何と哀れなことよ」
と、また更に涙を流しておいでになった。
法皇は、更に、重盛にこの事を伝え、
遂に卒都婆は、清盛の手にも渡った。
さすがに木石でもない清盛も、
心中同情を禁じ得なかったらしく、
憐れみの言葉をもらしたのであった。
🌊🎼ぼくは夏色、きみは夢の中、 written by ともじろう
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