こう源氏はまじめに言っていたが、
玉鬘はどう返事をしてよいかわからないふうを続けているのも
さげすまれることになるであろうと思って言った。
「まだ物心のつきませんころから、
親というものを目に見ない世界にいたのでございますから、
親がどんなものであるか、
親に対する気持ちはどんなものであるか私にはわかってないのでございます」
このおおような言葉がよくこの人を現わしていると源氏は思った。
そう思うのがもっともであるとも思った。
「では、親のない子は育ての親を信頼すべきだという世間の言いならわしのように
私の誠意をだんだんと認めていってくれますか」
などと源氏は言っていた。
恋しい心の芽ばえていることなどは気恥ずかしくて言い出せなかった。
それとなくその気持ちを言う言葉は時々混ぜもするのであるが、
気のつかぬふうであったから、
歎息《たんそく》をしながら源氏は帰って行こうとした。
縁に近くはえた呉竹《くれたけ》が若々しく伸びて、
風に枝を動かす姿に心が惹《ひ》かれて、源氏はしばらく立ちどまって、
「ませのうらに根深く植ゑし竹の子のおのがよよにや生《お》ひ別るべき
その時の気持ちが想像されますよ。寂しいでしょうからね」
外から御簾《みす》を引き上げながらこう言った。
玉鬘は膝行《いざ》って出て言った。
「今さらにいかならんよか若竹の生ひ始めけん根をば尋ねん
かえって幻滅を味わうことになるでしょうから」
源氏は哀れに聞いた。
玉鬘の心の中ではそうも思っているのではなかった。
どんな時に機会が到来して父を父と呼ぶ日が来るのであろうと
たよりない悲しみをしているのであるが、
源氏の好意に感激はしていて、実父といっても初めから育てられなかった親は、
これほどこまやかな愛を自分に見せてくれないのではあるまいかと、
古い小説などからもいろいろと人生を教えられている玉鬘は想像して、
自身が源氏の感情を無視して勝手に父へ名のって行くことなどはできないとしていた。
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