夜は白々と明けた。静かな暁である。
定められた六時、勢揃いした源氏は天にもとどけと鬨《とき》の声を三度あげた。
東国武士の野性をおびた声が朝の空気をふるわせた。
平家の陣は死んだように静まりかえって物音一つない。
敵の策かとしばし様子をうかがったが、やがて偵察の侍が放たれた。
「人みな逃げ落ちています」
と呆《あき》れ顔で報告すれば、やがて敵の忘れた鎧を手にして戻るもの、
平家の大幕をかついで帰るもの、いずれも口を揃えていうのである。
「平家の陣には蠅一匹飛んでおりませぬ」
これを聞くと、頼朝はさっと馬から降りた。
兜をぬぎ、手水《ちょうず》うがいをして身を浄めると、京都の方を伏し拝んだ。
「これは頼朝一人の手柄に非ず、ひとえに八幡大菩薩のおんはからい」
院宣を賜ってからの最大の危機に、
一兵も失うこともなく勝利を得た武将の当然ともいえる感慨であった。
すぐ討ち平らげて、領地とするところであるからと、
駿河国を一条次郎忠頼、遠江国を安田三郎義定に預けて守護職とした。
平家を追い討ちにするには今こそ、という意見もあったが、
後方もまだ固まらず不安である、と頼朝は兵を収めると駿河から鎌倉へもどった。
一方、この平家の醜態はしばらく東海道の宿場宿場の遊女たちを楽しませた。
「何んて立派な大将軍なんでしょうね。
戦いで見逃げした男は卑怯者の典型というのに、平家の方々は聞き逃げ遊ばしたのよ」
と手を拍って笑いこけていた。
まことに平家はこのものたちに豊富な話題を提供したが、
それにつれて秀逸なる落書《らくしょ》も多かった。
都にいる平家の大将軍を宗盛といい、
討手の大将を権亮《ごんのすけ》というので、平家を「ひらや」と読んで、
ひらやなるむねもりいかに騒ぐらん
柱とたのむすけをおとして
また富士川をおりこみ、
富士川のせぜの岩越す水よりも
はやくも落つる伊勢《いせ》平氏かな
また、上総守忠清が、富士川に自分の鎧を棄てたまま素早く退散したのを巧みに詠んだのもあった。
富士川に鎧は棄てつすみぞめの
ころもただきよ後の世のため
ただきよはにげの馬にぞ乗りてげる
上総《かずさ》しりがいかけてかいなし
148合理的思考の武士による不注意で… written by Fukagawa
少納言のホームページ 源氏物語&古典 少納言の部屋🪷も ぜひご覧ください🌟https://syounagon.jimdosite.com
[rakuten:f232360-miyoshi:10000439:detail]