
文覚は伊豆の住人近藤四郎|国隆《くにたか》のあっせんで
奈古屋《なごや》の奥に住んでいたが、
ここから兵衛佐頼朝のいる蛭《ひる》が小島《こじま》は近かった。
頼朝と親しくなった文覚は、話相手として殆んど毎日のように訪れていた。
ある時、急にあらたまった口調で頼朝に話しだしたのである。
「思うに平家も今や衰運の兆《きざし》が、ありありとあらわれていると存ずる。
小松の大臣殿《おおいどの》は心も剛勇、智謀人にすぐれたお方じゃが、
去年の八月亡くなられた。大黒柱が倒れたのじゃ。
ところで、わしが源平の武士を見るにどれもこれも小粒じゃ、
将たる器《うつわ》なく士たる勇を持つ人もまれな程じゃが、
拙僧の眼力をもってするに、残るは唯、御辺《ごへん》だけじゃ。
天下の将軍の相を持ち、これを成就する実力を持つもの、それは御辺じゃ。
兵を挙げられるなら、日本国を治め給う日も近いことと存ずるが如何《いかん》?」
しばらく窓外に眼をやっていた頼朝は、
文覚に視線を移すと、すぐ答えた。
「それは思いもよらぬこと。かく申すわれは故|池禅尼《いけのぜんに》に命を助けられた身、
そのご恩に報ぜんと毎日法華経一部を転読しておるものでござるが、
この外に何も考えてはおりませぬ」
「お言葉じゃが、天の与うるものを取らねば、かえってその咎《とが》を受くという。
時至りたるを行なわざれば、かえってその禍を受くともいう。
かく申せば御辺の心を引こうとのたくらみの言葉とも存ぜられようが、
左様な儀ではない。わしはかねてから御辺に深い志を寄せている、
疑わるるか、まずこれを見られい」
と懐より白い布に包んだものを取り出した。
うやうやしく布をとると一つの髑髏《どくろ》である。
文覚はそれを頼朝の前に置いて、じっと正面から眼を据えた。
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