一歩すざった安藤武者は、
ここで血を流してはまずかろうと咄嗟《とっさ》に思案して太刀を取り直すや、
峰打ちを文覚の右腕にくれた。
打たれてひるんだ文覚に、太刀をがらりと捨てた安藤武者が組みついた。
両人ともに剛力のものである。
互にえいおうと力の限り上になり下になり転がってもみ合った。
文覚力をこめて安藤武者の右腕をぐいと突けば、突かれながら文覚を絞め上げる。
その時人寄り集まり、しめたとばかりに手足をばたつかせる文覚を縛り上げた。
ほっとした彼らが文覚を引き立てようとすると、
文覚は焔を吐くような眼で御所の方をかっとにらむと、大音声をあげた。
怒鳴りながら憤怒の形相で躍り上る、夜叉《やしゃ》のような姿である。
「ご寄進なさらぬばかりか、この文覚を痛い目に合わせましたな。
必ず思い知らせましょうぞ。
三界《さんがい》に焼ける火、王宮といえども逃れられはしませんぞ。
十善の帝位に誇られる身であっても、黄泉の国に行かれてから、
牛頭馬《ごずめ》の責を免れられぬのですぞ」
「不逞《ふてい》至極の坊主なり、牢に入れよ」
と文覚は検非違使庁の役人の手で牢に入れられた。
こうして院の騒動は終りをつげたが、文覚に烏帽子を打ち落された資行判官は、
これを恥じてしばし出仕せず、
一方安藤武者は取り押えた賞として即座に右馬允《うまのじょう》に任ぜられた。
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