「私たちは大聖不動明王《だいしょうふどうみょうおう》の御使の、
金伽羅《こんがら》、勢多伽《せいたか》という童子、
文覚無上の大願を起して勇猛な行《ぎょう》を企てているから、
行って力を借してやれとの仰せ、不動明王のご命令で現れたのです」
と童子の一人が答うれば、文覚はたちまち声を荒らげていった。
「不動明王はどこにおられるか?」
「都率天《とそつてん》に」
と優しい声で答えると、天童二人笑をたたえてゆるやかに空高く昇って消えた。
文覚は思わず正座すると合掌した。
さてはわが行《ぎょう》を不動明王がしろしめすところとはなったか、
これなら大願も成就するであろうと勇気百倍、晴れやかな顔で滝壺にもどっていった。
果してそれからというもの、文覚の身に瑞相《ずいそう》が現れた。
吹き荒ぶ冷い嵐も彼には春の微風と思われ、凍る滝壺の水も湯のように感じられた。
こうして三七、二十一日の大願遂に成ったので、
那智神社に千日間参籠、ついに目的を遂げたのであった。
その後、大峰に三度、葛城《かつらぎ》に二度、
高野《こうや》、粉川《こがわ》、金峰山《きんぷせん》、白山《はくさん》、立山、
富士の嶽《たけ》、伊豆、箱根、信濃の戸隠《とがくし》、出羽の羽黒など、
日本全国くまなく廻り修行した。
この文覚について都人たちは飛ぶ鳥でも祈り落すであろう、
刃のように鋭い修験者だと評判しあったのである。
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