
「わしはこの滝に三七、二十一日打たれて慈救の呪十万遍唱えるとの大願を立てた。
今日はまだ僅か五日目にすぎぬ。
七日目も来ぬというのに、このわしを連れ出したのは誰かっ」
雪を素足で踏んでの文覚の形相と大音声は、
修験者たちには天狗の出現とも見えたのか、彼らは顔色を変えて身をふるわせた。
後を振り向きもせず文覚は滝壺に真直にもどっていった。
再び首まで凍る滝壺に身を沈めた文覚の口から朗々たる呪文が聞えた。
二日目、呪文は途絶えがちである。一際高くなったかと思うとばったり消えた。
その時降りつづく雪にまぎれて舞い下りたか、八人の童子が姿を現わし、
文覚の手をとって引き上げようとする。
気のついた文覚は引き上げられまいと掴み争う。
半死の人間の激しい抵抗がしばらく滝壺で続き、まもなく、童子たちは姿を消した。
最後の気力をふりしぼって呪文を唱えるというより、わめきちらす文覚の姿は、
もはや人間とは見えなかったという。
その翌日、文覚は凍る水の中で息が絶えてしまった。
神聖な滝壺を汚すまいというのか、びんずらに髪をゆった天童二人、滝の上から現れ、
香ぐわしくも暖い手で、文覚の頭を撫で、手足の爪先、掌にいたるまで丁寧にさすってやった。
すると文覚は夢心地で息を吹き返した。そして、
「貴方たちはどなたなのです、どうしてこの私を憐んで救って下さるのか」