源氏は見かねて言った。
「あなたの着物のことなどをお世話する者がありますか。
こんなふうに気楽に暮らしていてよい人というものは、
外見はどうでも、何枚でも着物を着重ねているのがいいのですよ。
表面だけの体裁よさを作っているのはつまりませんよ」
女王はさすがにおかしそうに笑った。
「醍醐《だいご》の阿闍梨《あじゃり》さんの世話に手がかかりましてね
、仕立て物が間に合いませんでした上に、
毛皮なども借りられてしまいまして寒いのですよ」
と説明する阿闍梨というのは鼻の非常に赤い兄の僧のことである。
あまりに見栄を知らない女であると思いながらも、
ここではまじめな一面だけを見せている源氏はなおも注意をする。
「毛皮はお坊様にあげたほうが適当でいいのですよ、
そんな物より、白い着物という物は何枚でも重ねて着ていいのですからね。
なぜあなたはそうしないのですか。
入り用な物も送ってよこすのを私が忘れていれば、遠慮なく言ってよこしてください。
もとからぼんやりとした私はまた怠《なま》け者でもあるし、
ほかの方たちのこととこんがらがってしまうこともあって、済まない結果にもなるのですよ」
と言って源氏は、隣の二条院のほうの蔵《くら》をあけさせ、
絹や綾《あや》を多く紅《くれない》の女王に贈った。
荒れた所もないが、男主人の平生住んでいない家は、
どことなく寂しい空気のたまっている気がした。
前の庭の木立ちだけは春らしく見えて、
咲いた紅梅なども賞翫《しょうがん》する人のないのをながめて、
ふるさとの春の木末にたづねきて世の常ならぬ花を見るかな
と源氏は独言《ひとりごと》したが、
鼻の赤い夫人は何のこととも気づかなかったであろう。
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