
いや源氏勢のあいついだ蜂起は無視できぬ、今のうちに芽を刈るにしくはない、
などと一見勝利を伝えた大庭の早馬の注進は、
福原の平家の間にさまざまな波紋を呼んだのであった。
事実、遷都して、しばらくこの些か荒涼とした土地にいるうちに、
平家のものは退屈してきた。
もとより新都建設への情熱などあろうはずがない。
平家のみでなく若き公卿や殿上人たちでさえ、何事か起ればよい、
事変が起れば自分がまず対手となろう、
などと刺激に飢えた心を持て余していたのであった。
こうした他愛のない放言の中にあって、
多くの人は現地の詳報と情勢分析を求めていたが、
丁度大番役で在京していた畠山庄司重能《はたけやまのしょうじしげよし》がいった。
「余りご心配になることはあるまいと存ずる。
確かに北条は頼朝と親しくなっていたので、彼に味方することは考えられますが、
よもや朝廷に弓を引くことはありますまい。待たれよ、いまに異る吉報がまいるぞ」
この確信あり気な答えに、
「お話はもっとも至極」
と今にも吉報が来でもするように首をのばす公卿もおれば、
「いやいや、これは天下の大事件になるのではなかろうか」
と深刻に考えこむ輩《やから》もいる。
ともかく早馬の注進は一つの衝撃を福原に与えた。
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