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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【平家物語93 第4巻 競③〈きおう〉】渡辺源三競の滝口、出陣の出立は、狂紋の狩衣に大きな菊綴、先祖代々伝わる所の着長《きせなが》緋縅の鎧、兜は銀の星をいただいている。

 さて、高倉宮が三井寺へ逃げた十六日の夜、

京の源三位入道頼政の家は突然あちこちから火の手があがり、

どっと炎上し始めた。

火焔の明りで人々が見たのは、

甲冑《かっちゅう》に身を固めた武者三百余騎が

北へ目指して走り去る姿であった。

源三位入道頼政が、嫡子伊豆守仲綱、次男源大夫判官兼綱、

六条蔵人仲家《ろくじょうのくらんどなかいえ》

などを引きつれて三井寺へ馳せ参ずる姿である。

おのれの邸に火を放って、決意を示したのであった。

 あわてて駆けつけた六波羅の役人たちは、

燃え落ちた邸にいる一人の男を見つけたので、

引きつれて帰った。男は頼政長年の家来で、

渡辺源三競《わたなべのげんぞうきおう》の滝口《たきぐち》

という侍である。

「お前は先祖代々三位入道に仕えてきた者であるが、

 何故主君と共に行かずに、一人邸にとどまっていたのか」

 宗盛自身の取調べに対して競はかしこまった口調で、

ためらいなく答えた。

「私めは、一朝ことあればまっ先にかけつけて、

 主君のために命を捧げようと思っておりました。

 所が今日はどうしたことか、

 頼政さまは一言も私にお話がありません。

 何も知らない私は仕方なくうろうろしていたのでございます」

「左様か、お前が当家にも見参していたのは承知している。

 お前の家の将来を思うて当家に味方をするつもりか、

 それとも朝敵となった頼政につこうとするのか、

 よく考えてありのままを申してみよ」

 この宗盛の言葉を聞くと、競は感動を表にあらわして、

はらはらと涙をこぼした。

「私の胸のうち、ありのままに申し上げます。

 いかにもこの身、

 頼政さまに先祖代々お仕え申してきました。

 宿縁もご恩も感じてはおります。

 しかし私は朝敵の汚名に身をけがす心は毛頭ございませぬ。

 この競、唯今より御殿に奉公いたしとう存じまする」

「それは重畳、お身には頼政の時に劣らぬものを与えよう」

 勇武の誉高い競が奉公を志願したのであるから、

宗盛の機嫌は一度によくなった。

この日は朝から夕方まで、ことあるたびに競はおるか、

競はどこじゃと大層なお気に入りであった。

十六日も暮れた。宗盛が競の前に姿を現わしたとき、

真心あらわれた顔で競が言上した。

「奉公始めに手柄一つも立てとう存じまする。

 聞くところによりますれば、

 源三位入道は三井寺におられるとのこと、

 必ずや夜討など仕掛けるに相違ありませぬ。

 三井寺の手勢は三位入道の一党、渡辺の郎党たち、

 それに三井寺の法師たちでございますれば、

 敢えて恐るるに足らぬ小勢でござります。

 私めにお任せあれば、夜を幸い寺に忍びまいり、

 朝敵のうち手強い奴を打ちとってまいりまする所存、

 かくすればあとを蹴散らすはたやすきものにございます。

 が、今はかないませぬ」

「何故じゃ」

 と宗盛は思わずつりこまれた。

「馬がござりませぬ。私も武士のはしくれ、

 手がけてきた良馬を持っておりましたが、

 先頃、友人に盗まれてしまいました。

 いま、御馬一匹貸し賜りますれば、

 見事手柄を立ててご覧に入れましょう」

 競の語勢に動かされた宗盛は、

愛馬に鞍をおかせて貸し与えた。

南鐐《なんりょう》と名づけられた

宗盛秘蔵の白葦毛《しろあしげ》である。

 南鐐を駆って家についた競は、

妻子郎党を呼び集めて、決意を申し伝えた。

「これから頼政さまのいられる三井寺へ参る。

 合戦には三位入道殿の先陣に進んで討ち死する覚悟である。

 皆も肝に銘じくれ。夜にならば、出発いたす」

 動揺にみちた不安な空気のまま京都は夜を迎えた。

競は妻子たちを隠し忍ばせると、南鐐にまたがった。

渡辺源三競の滝口、出陣の出立は、

狂紋《きょうもん》の狩衣《かりぎぬ》に

大きな菊綴《きくとじ》、

先祖代々伝わる所の着長《きせなが》

緋縅《ひおどし》の鎧《よろい》、

兜《かぶと》は銀の星をいただいている。

太刀は怒物《いかもの》作り、

それに重籐《しげとう》の弓、

大中黒《おおなかぐろ》の矢、

替え馬にのった家来一人、下郎にも楯を持たせた。

わが家にも火を放って焼き払わせると、

競は三井寺へ夜道を疾駆した。

 六波羅へ、競の家の火災を知らせる使いが飛んだ。

驚いた宗盛が急ぎあらわれると、

「競はおるか、競はおるか」

 と尋ねれば、

「おりませぬ」

との返事である。宗盛は激怒した。

「すわ、奴に油断してたばかられたか。

 遠くへはまだ行くまい、追手を出せい。

 必ず競を討ちとれ」

 宗盛の激しい下知に家来は御前をあわてて引き下ったが、

さて追う勇気のある奴はいない。

すでに競の大剛力、

弓の速射では並ぶものなしといわれた腕前は、

家来どもも十分に知っている。

競の持つ矢が二十四本なら、二十四人は死ぬだろう、

こう考えると、われこそは、と名乗り出るものもなく、

追手は自然消滅の形となった。

厳かな武家屋敷 written by alaki paca


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