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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

娘を失った母の哀しみ【源氏物語 6第一帖 桐壺6】涙にむせぶ北の方 寄り添う靭負命婦‥草深い里 鳴く虫の音にいっそう悲しみは深まっていく

「子をなくしました母親の心の、

 悲しい暗さがせめて

 一部分でも晴れますほどの話をさせていただきたいのですから、

 公のお使いでなく、

 気楽なお気持ちでお休みがてらまたお立ち寄りください。

 以前はうれしいことでよくお使いにおいでくださいましたのでしたが、

 こんな悲しい勅使であなたをお迎えするとは何ということでしょう。

 返す返す運命が私に長生きさせるのが苦しゅうございます。

 故人のことを申せば、

 生まれました時から親たちに輝かしい未来の望みを持たせました子で、

 父の大納言《だいなごん》は、

 いよいよ危篤になりますまで、

 この人を宮中へ差し上げようと自分の思ったことをぜひ実現させてくれ、

 自分が死んだからといって

 今までの考えを捨てるようなことをしてはならないと、

 何度も何度も遺言いたしましたが、

 確かな後援者なしの宮仕えは、

 かえって娘を不幸にするようなものではないだろうかとも思いながら、

 私にいたしましてはただ遺言を守りたいばかりに陛下へ差し上げましたが、

 過分な御寵愛を受けまして、

 そのお光でみすぼらしさも隠していただいて、

 娘はお仕えしていたのでしょうが、

 皆さんの御嫉妬の積もっていくのが重荷になりまして、

 寿命で死んだとは思えませんような死に方をいたしましたのですから、

 陛下のあまりに深い御愛情がかえって恨めしいように、

 盲目的な母の愛から私は思いもいたします」

こんな話をまだ全部も言わないで

未亡人は涙でむせ返ってしまったりしているうちに

ますます深更《しんこう》になった。

「それは陛下も仰せになります。

 自分の心でありながら

 あまりに穏やかでないほどの愛しようをしたのも

 前生《ぜんしょう》の約束で長くはいっしょにおられぬ二人であることを

 意識せずに感じていたのだ。

 自分らは恨めしい因縁でつながれていたのだ、

 自分は即位してから、

 だれのためにも

 苦痛を与えるようなことはしなかったという自信を持っていたが、

 あの人によって負ってならぬ女の恨みを負い、

 ついには何よりもたいせつなものを失って、

 悲しみにくれて以前よりももっと愚劣な者になっているのを思うと、

 自分らの前生の約束はどんなものであったか知りたいと

 お話しになって湿っぽい御様子ばかりをお見せになっています」

どちらも話すことにきりがない。

 

命婦《みょうぶ》は泣く泣く、

「もう非常に遅《おそ》いようですから、

 復命は今晩のうちにいたしたいと存じますから」

と言って、帰る仕度《したく》をした。

落ちぎわに近い月夜の空が澄み切った中を涼しい風が吹き、

人の悲しみを促すような虫の声がするのであるから帰りにくい。

『鈴虫の 声の限りを 尽くしても

 長き夜飽かず 降る涙かな』

 車に乗ろうとして命婦はこんな歌を口ずさんだ。

『いとどしく虫の音《ね》しげき浅茅生《あさぢふ》に

 露置き添ふる雲の上人《うへびと》』

 かえって御訪問が恨めしいと申し上げたいほどです」

と 未亡人は女房に言わせた。

意匠を凝らせた贈り物などする場合でなかったから、

故人の形見ということにして、

唐衣《からぎぬ》と裳《も》の一揃《ひとそろ》えに、

髪上げの用具のはいった箱を添えて贈った。

 

若い女房たちの更衣の死を悲しむのはむろんであるが、

宮中住まいをしなれていて、

寂しく物足らず思われることが多く、

お優しい帝《みかど》の御様子を思ったりして、

若宮が早く御所へお帰りになるようにと促すのであるが、

不幸な自分がごいっしょに上がっていることも、

また世間に批難の材料を与えるようなものであろうし、

またそれかといって若宮とお別れしている苦痛にも

堪《た》えきれる自信がないと未亡人は思うので、

結局若宮の宮中入りは実行性に乏しかった。

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